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Category:マーケティング

「欲求のヒエラルキー」に基づいたブランド戦略

欲求についての有名な学説として、マズローの「欲求のヒエラルキー説」があります。

この学説は心理学のみならずマーケティング理論としても広く用いられています。
「ザ・ブランド・マーケティング」の著者、スコット・ベドベリもその一人です。

ベドベリは1987年-1994年にNIKEで広報責任者として“JUST DO IT”の広告キャンペーンを指揮。
その後1995年-1998年にはスターバックスでマーケティング担当役員を歴任した人物です。

彼は「欲求のヒエラルキー説」を用いて、人間の欲求を次のように分析しています。

①生理的欲求
衣食住に関わるニーズ。
例:超大盛カップ焼きそばで空腹を満たす。

ベドベリは、生理的欲求のみに基づいた鈍感な訴求によって多くの商品が消費者に押し付けられている現状を嘆き、ヒエラルキーのより高次な欲求への訴求がなされるべきだと主張しています。

②安全欲求
暴動・テロなどの危険から身を守りたいというニーズ。
例:世界屈指の安全性を誇るボルボに乗る。

③社会的欲求
孤独や疎外から逃避し、愛情を享受し、どこかに所属したいというニーズ。
例:ハーレーダビットソンのオーナーになることで得られる連帯感。

④承認欲求
自尊心を保ち、他人から賞賛されたいというニーズ。
例:ベンツなど高級ブランドがもたらすステータス。

⑤自己実現欲求
愛国的大儀、宗教的大儀、赤十字や共同募金等のコミュニティ活動など「自己という存在の外にある主義主張への参画」ニーズ。他者や社会のために貢献したいというニーズ。

※自己実現欲求について、単に「なりたい自分になる欲求である。」とする言説が散見されますが、これは誤りです。マズローによれば、自己実現欲求が満たされている人間は「課題中心的」であり、自分自身の問題よりも人類一般や国家一般の利益に関わるような問題に強い使命感を持つ人間であるとしています。

ベドベリは、今日のブランドポジショニング・ブランド行動について、
ヒエラルキーにおけるより高次な欲求に基づかないといけないと主張する一方、
最上位のニーズである自己実現にこたえられるブランドは存在しないとしています。

確かに、商品やサービスを提供するだけでは、消費者の自己実現欲求を満たすことはできないかもしれません。

消費者の自己実現欲求を満たすためには、地球環境問題など社会的課題や、戦争・テロなど人道的問題に対して企業が主義主張を表明することが必要なのではないでしょうか?

例えば、2020年5月 30日に公開されたNIKEのCM“Don’t Do It”。

同月25日に発生した白人警察官による黒人青年の暴行死事件。
全米各地で抗議デモが行われるさなかTwitterで公開されたこの動画は、
5月31日までに600万回以上再生され、多くの人からの賛同を得ました。

更に、ライバル社であるアディダスもこのツイートに同調。
Together is how we move forward.(力を合わせて、前へ進んで行く)
Together is how we make change.(力を合わせて、世の中を変えて行く)
とのツイートで、ナイキ公式ツイートをリツイートしたのです。

ナイキはこれまで、自社製品のスペックを宣伝するのではなく、
スポーツやフィットネスがもたらす心と体の達成感を代弁することで、
約467億ドル(日本円で約6兆円)のブランドへの成長を遂げました。

ナイキが打ち出した“Don’t Do It”というメッセージは、
消費者が抱く反人種差別という主義主張を代弁し、
その結果、強い共感を得るに至った、
と言えるのではないでしょうか?

アップルやマクドナルドがウクライナ戦争でのロシアの侵攻に遺憾の意を表明し、
速やかにロシアから撤退をしたように、
地球環境問題など社会的課題や戦争・テロなど人道的問題に対して
自社の主義主張を明白に唱える。

多くの日本企業がしがちな商品のPR・宣伝に拘泥するのではなく、
ブランドとしての立ち位置を明確にすることが重要であると考えます。

髙橋 薫太