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Category:ドキュメンタリー

ドキュメンタリーの「目線」

ドキュメンタリーには物語を描く視点が大切だと、以前お話しました。
(https://halekulani.co.jp/category/ドキュメンタリー/)

今回は、ドキュメンタリーにおける「目線(めせん)」についてのお話です。

目線とは、元々「映画や演劇などで演技として向けられる目の方向や位置」
という意味で使われていた専門用語です。
「もう少し目線を上に…」「カメラ目線で…」などです。

それが転じて「物事を見る方向や立場」という意味でも使われるようになったそうです。
「お客様目線で考える」「上から目線」などがそうです。

さて、ドキュメンタリーを描く際に、
どの目線から物語を描くか(どの立場から物事を見つめるか)を
制作者は明確にしようと努めます。

これを「目線を決める(定める)」と言って、
撮影や編集において何度も確認する大切な作業です。
なぜなら、目線が変われば見える事実が変わるからです。

2009年に公開された「ザ・コーヴ」というドキュメンタリー映画があります。
アメリカ合衆国のルイ・シホヨス監督が、
和歌山県の太地町という港町で古くから行われているイルカ漁を描いた作品です。
第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞し、世界的に大ヒットしました。

しかし、日本国内では公開直後から大論争が巻き起こりました。
映画の内容が、イルカなど鯨類の殺処分を強調することで、
日本の伝統的なイルカ漁を野蛮で非人道的なものとして描いていたからです。

和歌山県太地町には世界の反捕鯨運動家が押し寄せ、
一方で日本の保守系団体が「ドキュメンタリーの名を借りた日本バッシングだ」と
抗議デモを繰り返し、全国で上映中止に追い込まれました。

その論争は新聞やニュースでも取り上げられ、NHKが特集番組を放送するほどでした。

内容について賛否両論あるものの、
この映画は「日本のイルカ漁は悪」という、
ある意味〝偏った目線を定めた″からこそ、
世界的な大ヒットとアカデミー賞という栄誉を得たのです。

逆に、目線を定めない(正確には徹底的に客観的な目線にした)ことで
大きな評価を得ているドキュメンタリー監督もいます。
巨匠フレデリック・ワイズマンです。

50年以上にわたり学校、病院、警察、軍隊、裁判所、図書館、議会など、
アメリカの様々な施設・組織を撮り続けたドキュメンタリー作品を発表しています。

そんなワイズマン作品の大きな特徴は、
ナレーションもテロップもインタビューもない、
記録映画のような客観的な目線で描かれているということです。

ワイズマンが91歳の時に発表したドキュメンタリー映画「ボストン市庁舎」は、
アメリカ合衆国ボストン市の市役所を舞台にした
4時間34分にも及ぶ作品です。(2021年日本公開)

多様な人種・文化が共存する大都市ボストンの
警察、消防、保健衛生、高齢者支援、出生、結婚、死亡記録などなど、
様々な行政の仕事が淡々と描かれていきます。

もちろんナレーションもテロップもインタビューもありません。
そこがどういう場所で何が起こっているのかなどの説明もないので、
最初は理解するのに必死です。

でも、しばらく観ていると「ここはこういう場所なのか」
「こんなこと考えている人がいるんだ」「アメリカってこういう問題があるんだな」
といった想像が広がっていくのです。

ワイズマンは、いわば〝観察者の目線″で描くことによって、
観客が観察しながら想像力を掻き立てられる楽しさを引き出しているのです。

どの目線から描かれているのか…
そんなことを考えながらドキュメンタリー作品を観ると、
また一味違った楽しみがあるかもしれません。

それでは、また。

ドキュメンタリー映像ディレクター 
武田晋助